ピンチの管理部屋

はじめまして

この、ホームページを任せられている柴田大輔と申します。
ここでは、私の紹介をさせて頂きます。

まず、このホームページを作ったことにおいては、メールアドレスの

「yakiyamadaifuku」  →  「やきやま大福」


「よしきさんを通して八木山から、ホームページを見てくれた人に大きな福が
 訪れることを願ってつくりました。」

このホームページは2006年の11月から続けております。


私と山本よしきさんと出会いは、たしか今から1年前の9月頃で、
その頃のわたしというのが、今まで生きてきた27年間の中で一番どん底まで
落ちていた時でした。

それというのも、結婚がダメになったこと、勤めていた父の会社を辞めたこと、
また母が仕事を失ったこと。

次から次へと悪いことばかりが起こり、生きる気力も無くなくなり半年間家に篭り。
それどもなんとか、現状を変えようとしていました。

その中で私自身、初めて父方の墓参りに行ったり、近所の神社に毎日お参り
したり、一人でお百度参りなども毎月していた。

とにかく現状を変えるために、いろいろしました。

そんな中、知人によしきさんを紹介してもらい、会いに行った。

「にいちゃん焼きそば食べる?」

初めて、よしきさんと会ったときのことは、これからもずっと忘れられません。

ギャラリーにはじめて足を踏み入れたとき、私の顔を見ると最初の一言が・・・


  よしきさん 「にいちゃん、焼きそば食べる?」


   柴田    「はぁー?、あー、いただきます。」


正直、何このおいちゃんと思ったこと、やきそばが美味しかったことは
今も覚えています。


その時、私のことを話して、よしきさんに言われたことが、


「柴田君もいろいろ、苦労したんやね。でも、どうやろう例えば、柴田君の悲劇を
 小説や映画にしたら、まだ苦労や悲劇を書き足さないかんね。それに柴田君
 以上に苦しんでいる人もたくさんおるよ。」


話しててきつかったですけど、その反面、なるほど!

「このおいちゃん面白い(笑)」と思いました。

帰り際に月に一回、寺子屋をしていることを聞き次回参加をする旨を
伝えギャラリーを出た。

寺子屋

「豊かな心の種まき運動」の一環のひとつでもある寺子屋。


初参加のときは、これまたビックリでした。

毎回、30名を超える人々が話を聞きに訪れ、みなさんそれぞれ、

仕事も違う・住んでる所も違う・年齢もバラバラといろんな人々が集まり、
ここに来てるみなさん、ありのままに自然体で、初めて会う人とでも会話が
弾みます。


私も、話しかけられた、ときはビックリでした。
何がビックリかというと、みなさんが自然体過ぎて。
なかなか、考えにくいことですけど、知らない人でも話すことが
あたりまえみたいな感じです。


その雰囲気をつくっているのが、よしきさん。

毎回、ほんとにおもしろい講師の方を連れてくるのもよしきさん。


でも、寺子屋の後のおいしいお夜食を作るのは門野さん。

今後の方向性
正直なところ、佐賀北高校が優勝して、テレビにも取り上げられて、
アクセス数は、今まで一日50にもみたなかったものが、いきなり1500になったり
正式にホームページをしてくれるとこもみつかった時点でこのホームページを
辞めようかとおもった。

最初、このホームページをはじめたのも、本当によしきさんに世話になりましたし、
たくさんのことをおしえてもらいました。


私で出来ることがあったらと思って、ホームページなんかまったく作ったことなかったけど。
作ることにした。
でもこれ以上は、もうなんか話が大きくなりすぎて無理だなと。
責任もてないなと。

また本も出版になって、
本の帯にも、みのもんたさんが写ってたりと本当びっくりですし。


それでも、いろいろよしきさんと話し合いまたチャンスだと思い、
続けることに決めました。

よしきさんからは、私の好きにしていいとも言われたので。
思い切りやってみようと思います。

もちろん、その都度よしきさんとすり合わせをしていきますけど。

ちょっとおもいっきり、できる範囲でやってみようかと思います。


今後の方向性としては、今もギャラリーで行っている寺子屋を今度は、
ホームページで「寺子屋ねっと」でやります。

その中でいろんな講師に登場して頂いて、週に一回か月に一回か
まだわかりませんが、ブログみたいな感じで、
いろいろ企画を考えてやってみようと思っています。

よしきさん、だけでなくよしきさんと関係のある、
いろんな人に登場してもらって、もっと面白くして行きたいと考えています。
(本当に面白い人がたくさんいます。)











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